インタビュー

王 唯任 五段に0x10個の質問をしてみた

文中における所属・肩書きは、2011年7月19日掲載時のものです。

  • 王 唯任
    王 唯任 (おう ゆいにん)
    囲碁棋士 五段
    昭和52年生 台湾出身
    12歳で来日
    桜美林大学大学院博士前期課程修了
    囲碁普及プロジェクト「IGO AMIGO」の幹事を務めるなど囲碁普及活動に精力的に取り組んでいる
    日本棋院ジュニア囲碁スクール 講師
    吉原由香里・王唯任・万波佳奈の囲碁教室 講師
    桜美林大学オープンカレッジ 講師

    0x00.簡単な自己紹介をお願いします。


    王:囲碁のプロ棋士です。実は日本人ではありません。 11歳のころに囲碁のプロになりたくて台湾から来ました。 王(ワン)くん、王(ワン)先生などと呼ばれることが多いです。


    台湾では、子供が囲碁で遊ぶのは一般的なのですか? 日本みたいに碁会所や教室があるのですか?


    王:台湾では子供の情操教育に囲碁がいいということが広く知られていて、町中に囲碁教室がたくさんあります。 囲碁を強くさせたいというよりも、子供の能力を発達させたり、マナーを学ばせるために習わせる親御さんが多いです。


    11歳と言えばまだ小学生の子供です。 いくら隣の国とはいえ、言葉も習慣も違う外国に来られて苦労はされませんでしたか?


    王:僕が日本に来たころは、全く日本語が話せなかったので、やはり大変でした。 はじめから囲碁のプロ棋士になりたいという強い意思があったわけではないので、日々の生活をするだけでも大変で、正直、早く台湾に帰りたいと思っていました。 生活習慣は違うし、何より僕は生モノが食べられなくて、生野菜やお刺身などに苦労しましたね。 僕と同じように中国や韓国、台湾からプロになるために来ている仲間がたくさんいて、彼らがいたことで気持ちを共有することができて、乗り切れたと思います。


    日本の好きなところを教えて下さい。


    王:日本の好きなところは色々ありますが、まずは景色が綺麗なところです。 ゴミは少ないし、みんな景観を綺麗に保とうと努力している。 自分の国を大事に守ろうとしているのが伝わってきます。 日本三景が特に好きで、松島が気に入っています。 あとは外国人をヨソモノ扱いしないところでしょうか。 僕は囲碁という特殊な環境に育ったからかもしれませんが、自分が外国人で特別だと思ったことはあまりありません。 もちろん日本人ほど日本語はうまくありませんが、囲碁の勉強をしている間は僕が何人であるかは関係ないし、みんな対等に接してくれたと思います。 そういう何気ないことがとても嬉しかったです。 今でももちろん名前を見れば僕が外国人であるということはわかると思いますが、話をしていると「台湾人だとわからない」と言ってくれる人がいて、そういう風に言われるとすごくうれしい気持ちになります。 日本人になりたいということではなく、日本という国にちゃんと受け入れてもらっている気がしてとても嬉しいんです。


    日本の嫌いなところはありますか?


    王:嫌いなところはあまりないのですが、あえていうなら、台湾よりも人間関係が少し希薄なことでしょうか。 台湾では「ご飯を食べに行こう」と約束したら、ほぼ間違いなく実現するのですが、日本では社交辞令、という言葉があって、言っていることが本当なのかがわかりにくいです。 僕はそういう面では台湾人の部分が残っていて、仲良くなった人とはもっと仲良くなりたいと思うのですが、相手も同じように思ってくれているかがわからないので不安になるときがあります。 日本人の人との距離の取り方が僕には難しいことがありますね。

    0x01.今のお仕事を選ばれた理由は何ですか?


    王:小学校の頃、なぜか囲碁を知らない学校の先生から囲碁を薦められ、めきめき上達していったので、プロになれるのでは?といわれました。 囲碁が好きだったので自分でもいつからかプロを目指す気持ちになりました。


    その先生は囲碁をご存知ないのに王先生に囲碁を薦められたのですか。 その理由はお聞きになりましたか?


    王:後から先生に理由を聞いたら、僕がよく考える子だったから、と言われました。 昔からテキパキしているというより、じっくり考えて進む子だったのだと思います。


    王先生の才能は凄いですが、それでも自習ばかりではめきめきは上達しないと思います。 どんなところで、どんな方に教わられたのですか? 王少年が「僕、プロになれるかも」と最初に思われたきっかけは何でしたか?


    王:囲碁を習い始めてからは、地元の プロの先生の囲碁教室 プロ棋士で、アマチュアに囲碁を教えることをビジネスの一部にしている方は珍しくない。ある程度の料金はかかるが、誰でもプロに教わることが出来る。 に通いました。 すごくいい先生で、父親のように優しさと厳しさを持った方でした。 その先生のことが好きだったので、先生みたいになりたいと漠然と思ったのが、今考えるとプロを目指した最初の気持ちだったかもしれません。


    プロになりたいと思っていても、自分でプロになれるかもと思ったのはだいぶ後です。 日本に来る時も自分がプロになれるとはおもっていませんでしたし、 入段試験 プロ棋士になるには、「棋士採用試験」を受けて合格するのが通常。当然ながら、非常に狭き門である。詳しくは http://www.nihonkiin.or.jp/profile/saiyou/kishi.htmlを参照。 であと1回勝てば入段できると思ったときに初めてそう思った気がしますが、実際そのときはそういう気持ちを持ったからか平常心で臨めず、負けてしまったので、それからは意識して自分がプロになれるということは考えないようにした気がします。

    0x02.今のお仕事は一番好きなことですか? そうでなければ一番好きなことは何ですか?


    王:好きでもあり、人生の一部でもあります。 時々嫌になることもありますが、やっぱり自分には囲碁しかない、とも思います。 他においしい物を食べるのも好きです。


    嫌になるのはどんなときですか?


    王:対局に負けて、その内容が悪いときは囲碁が嫌になることもあります。 囲碁って着手の1手1手が自分の判断なので、自分が悪いということは明白なわけです。 負けたとしても内容で納得できればいいのですが、思うように打てなかったりして内容が悪いと、自分はどうしてこういう道を選んだのだろうと思うこともあります。


    王先生は常識人だし、頭もいいし、囲碁以外の仕事でも成功する人に見えます。 どうして囲碁しかないと思うのですか?


    王:囲碁のプロ棋士になる人は、子供のころから囲碁だけをやってきた人が多く、他の道を選ぶという選択肢すら考えない人が多いですが、僕はそういう意味では少し違うかもしれません。 大学や大学院に行ったことで、一般的な社会と接して、もしかしたら自分が囲碁ではない世界で生きていけるかもと思ったこともあります。 多分幻想だとは思いますが(笑)。


    僕は囲碁のプロ棋士としては決して順風満帆ではありません。 いろんな挫折も経験しているし、苦しいこともたくさんある。 囲碁をやめようと思ったらやめられるタイミングもたくさんあったんです。 父が亡くなったとき、一度台湾に帰りました。 ちょうど棋士になれるかなれないかの頃だったので、もう囲碁を辞めて台湾で暮らすという選択肢も頭をよぎりました。 でもやっぱり自分がこれまでやってきたことを無駄にしたくないという思いもあって、日本に戻りました。


    囲碁以外の道で生きる人生もあったかもしれませんが、僕は自分の意思で囲碁をやっているというよりも、そういう運命だったのだなと思うことが良くあります。 もちろん自分の生きる道なので自分で決めてきたことも多いですが、いろんな転機があるなかでやっぱり今こうして囲碁棋士として生きているということは、自分の意思というよりもそういう運命だったんじゃないかなと思うんです。 だからその運命を全うしたいし、囲碁棋士として1人でも多くの人に囲碁を知ってほしい、楽しんでほしいと思います。


    ところで、どんな食べ物が好きですか?


    王:食べ物は、昔はお肉が好きでしたが、今は何でも食べますね。 囲碁インストラクターの王真有子さん。囲碁の普及に尽力されている方のひとり。CEDEC CHALLENGEにもご協力いただいている。 に良く言われるのは、僕は相当の果物好きらしいです。 台湾は果物がおいしい国なので、デザートに果物を食べるのが毎日のことだったのですが、妻は毎日果物を採る習慣がなかったようで、戸惑っているみたいです。 食後にデザートがないとちょっとテンションが下がるので、いつも果物を用意してもらっています。

    0x03.お仕事をされていて一番楽しい事は何ですか?


    王:やっぱり対局に勝ったときは楽しいですね。 あとは囲碁を教えていて、面白かったとか、わかりやすかったなどと言ってもらったとき、また生徒さん達が成長しているのを感じたときはとてもうれしいですね。


    勝った時に、すると決めている事はありますか?


    王:勝ったときは何をしても嬉しいので、これをすると決めていることはありません。 何をしていても嬉しいという感じがします。


    勝つときは打つ前からそんな気がしますか? それとも打っている途中ですか? あるいは、終わるまでわかりませんか?


    王:対局のときはできるだけフラットな気持ちで臨むことにしているので、対局の前や最中に勝ちを考えることはありません。 むしろそういうことを考えてしまった対局では負けることが多い気がします。 最後までどうなるかわかりませんし、そういう思いで打った対局の方が勝てる気がします。


    生徒さんの成長を感じるのは、どんなときですか?


    王:生徒さんの対局を見ていて、以前はできなかったワザができるようになっていたり、以前はできなかったような考え方ができるようになっていたりなどを見たときには成長していてうれしいなと思います。 単純に級が上がったということだけでなく、内容を見ているので、内容が良くなったのを感じられた時には嬉しいですね。

    0x04.お仕事をされていて一番辛い事は何ですか?


    王:対局に負けたときですね。 囲碁の対局は良くも悪くも自己責任なので、すべて自分が悪いのがわかっていますから、とてもつらいです。 でも前に進むしかないので、気持ちを切り替えますが。


    残念ながら負けてしまった時には、悔しさをどうやって解消しますか? 気持ちを切り替える方法はありますか? おいしいものを食べるとか、 酒を飲むとか、マージャン、卓球、パソコンの組み立て、自転車 全て王先生の趣味 、他の事?


    王:とにかく気持ちを切り替えるためにいろんなことをします。 映画を見たり、飲みにいったり、スポーツをしたり。 じっとしていると対局のことをああでもない、こうでもないと考えてしまうので、考えないようにいろんなことをします。 反省するのは大事なことなのですが、僕はついつい考え過ぎてしまうので、そうならないように無理にでも切り替えるようにします。 切り替えるつもりがうっかり勝負事をやってしまうと、負けてさらに悔しい思いをすることもあるので、なるべく勝ち負けがないことをやるようにしています。

    0x05.ご自身のお仕事が誤解されているなあと思う事はどんなことですか?


    王:囲碁が難しいというイメージからか、堅い職業だと思われていること。 また囲碁棋士というと年配の人が多いようにも思われているようです。


    囲碁棋士を「堅い職業」だと思っている人は、あまりいないかも知れません。 むしろ、特殊な才能を持った勝負師のイメージで、近寄りがたい印象は持たれているかも知れませんね。 年配のイメージは確かにあるかも。 囲碁棋士の方は年配であれ、若い方であれ、オモシロキャラのオンパレードです。 何しろ頭もいいし、一つ事を突き抜けた人達ですから、当然だと思います。 ただ、そのキャラの見せ方が、あまり上手くないなあと正直思います。 もっと囲碁棋士を魅力的に紹介できればいいのにと思っているんですが、先生はどう思いますか?


    王:僕の言い方がわるかったみたいですみません。 堅いというか、頭がよくて小難しい人たちの集まりだと思われているような気がします。 そういう意味で近寄りがたいと思われているのでしょうね。 僕はテレビゲームが好きなのですが、以前そういう話をしたときに驚かれたことがありますから。 囲碁の先生って、テレビゲームなんてやるんですか、と。 大好きですと答えましたが、日々囲碁しかやっていないイメージがあるのかもしれませんね。


    見せ方についてはおっしゃるように改良点があるかもしれませんね。 イメージ戦略、みたいなものが必要だと思いますが、いかんせん僕にはそういう能力がないので、そういう能力がある人を巻き込むことが必要ですよね。 イメージという意味で言えば、 碁的 主に女性向けに囲碁の魅力を伝えるフリーペーパー。http://goteki.jp/ という雑誌はイメージを変えるのに大きく役立っていると思います。 囲碁棋士をカジュアルに紹介することで、そのイメージはだいぶ変わったのではないかと思います。 とはいえ、まだまだやるべきことはあるとは思いますが。

    0x06.その誤解を解いて、面白さを伝えるためにどんな工夫や取り組みをされていますか?


    王:囲碁をもっと身近に思ってもらえるように、 色々なイベント 例えば、六本木ヒルズで年に一回行われる「IGO FESTIVAL」 http://www.roppongihills.com/events/2010/10/arn_igoamigo2010.html の他、調べてみると色々なイベントが行われている。多くのイベントでは入門教室なども行われているので、参加してみるといいと思います。 を開催したり、若い人に囲碁に興味を持ってもらえるように、 若者向けのワークショップ 主に若い(といっても、囲碁の世界でいう「若い」)人たちを対象とした「IGO AMIGO」http://www.igoamigo.com/ などの活動が行われている。 などを開催しています。 また囲碁のイメージを変えるために、 碁的 主に女性向けに囲碁の魅力を伝えるフリーペーパー。http://goteki.jp/ という雑誌を作ったり、とにかくいろんな場でいろんな人に囲碁を教えています。


    その一環でCEDECも役に立っているといいのですが。 去年、CEDECにご協力頂いて、ゲーム開発者や研究者の方々ともご交流頂きました。 ご感想はいかがでしたか? いつも囲碁を教えている人と違うところはありましたか?


    王:CEDECに参加されている方は、囲碁を全く知らない方はほとんどいなくて、ルールは知っているけれども、打ったことがない、という方が多かったように思います。 囲碁はやはり実戦から学ぶことの多いゲームなので、実戦をやってみてわかったとおっしゃっていた方が多かったです。


    あとゲーム業界の方に共通して言えるのは、部分的なところが得意だということ。 石を取ることや守ることなど、部分的なところにはとても強く、反面、大局観といって、全体的な判断は苦手な気がしました。 大局観というのは普通の生活では身に付きにくいものなので、ぜひ囲碁を学んで大局観を磨いていただきたいなと思いました。


    あと印象深かったのは、逆に質問をされたときでした。 「僕たちはユーザーに飽きられないようにいろんな工夫をしてゲームを作っているのですが、囲碁はどうして四千年もの間、飽きられずに楽しまれているのですか」という質問をされたのがすごく印象に残りました。 自分たちでは飽きられないように工夫する、という考えを持ったことはなかったので、ゲームに関わっているみなさんがいかに苦労されているかがわかりましたし、囲碁ってすごいんだなと改めて思いました。

    0x07.自分 (が開発したAI | の教え子) が勝ったとき、どんなふうに感じますか?


    王:教え子が勝ったときには、我が子が勝ったように嬉しい気持ちがしますね。 アマチュアの方の対局は、僕たちから見ていると最後まで本当に何があるかわからないので、ハラハラしますし、何か危ないところがあったら、「あそこに打てー」と願うような気持ちになります。 以前、有段者の兄弟のレッスンをしていて、彼らの大会を見に行ったときには、ちょっと胃が痛くなったこともあります。


    自分の対局とは違う意味で緊張しますし、自分の対局なら、全て自分に責任があるので何とかなりますが、教え子の場合は、負けたときにどんなことを言おうとか、この経験を生かしてこの先どうやって育てていこうとかそういうことも考えます。

    0x08.自分 (が開発したAI | の教え子) が負けたとき、どんなふうに感じますか?


    王:先ほども少し書きましたが、負けたときにはもちろん残念な気持ちがするのと同時に、この先どうやって伸ばしていこうかということを考えます。 その人のタイプによって励ましたり、叱咤したり、この経験をプラスにして先に進めるようにアドバイスします。 あとは自分の経験を話したりもしますね。 僕も負けることはありますし、悔しい思いもたくさんしています。 そういうときにどうやって自分が乗り越えていったかを話すことで、気持ちの切り替え方を学んでほしいなと思ったりします。

    0x09.今の囲碁AIで凄いなと思う事は何ですか?


    王:9路盤など小さな碁盤だと、先を読む力がかなりすごいこと。9路盤ならアマチュア高段者でも負けることがあるようです。


    13路盤以上だとどうですか?


    王:13路盤以上も強いですが、大局観にやや欠けるのと、碁盤が広がるので、読みの正確さが落ちるようです。


    「読む」ってどんなことなんでしょう? 一手一手、全ての選択肢を頭の中で検討するのですか? それとも、もっと全体的に捉える感じですか?


    王:読むというのは、言葉で説明するのは難しいですが、たくさんの選択肢の中から、黒、白、両者の最善を考えながら進めていくことでしょうか。 この両者の最善というのがなかなか難しいもので、アマチュアの方だとどうしてもどちらかに 都合のいいように読んでしまう 囲碁用語で「勝手読み」と言われる。 ようです。 AIでも、9路盤ならば両者の最善手を正確に読めているように思いますが、碁盤が大きくなると選択肢が増えすぎて最善を見つけるのが難しくなるのではないかと思います。

    0x0a.今の囲碁AIに感じる違和感は何ですか?


    王:部分的なところは強いですが、やや人間らしくないところがあります。 競り合いの最中でいきなり手を抜いて他のところに打ったり、意味がわからない手を打つことがあります。


    それはモンテカルロ法の登場と関係ありますか? それともクラシックな囲碁AIの時代から、そんな感じですか?


    王:以前の方式のAIからそのような傾向があったと思いますが、モンテカルロ方式が採用されてから少し顕著になった気がします。 お互いの呼吸、みたいなものが感じられず、それぞれ我が道を行く、という感じの対局が多い感じですね。 悪いことではないですが、ビギナーには相手が 手を抜くことの意味 日常用語での「手抜き」には悪い意味しかないが、囲碁の場合は無駄な手を打たずに、他の大切なところに先着するという良い意味もある。 が理解できないので、有段者向きの方式かなと思います。


    モンテカルロ法が囲碁AIの棋力を急に上げて以降の変化を感じることはありますか?


    王:モンテカルロ方式がでてきてから、読みは強くなりましたが、先ほどのような対局者同士の呼吸、というものが感じられなくなりました。 実際に対局しているとわかると思いますが、相手が打ったところから離れて別のところに打つということはとても勇気がいることなので、それを全く躊躇せずにやってしまうAIは、強いけど、人ではなく、ロボットなんだなーという気がします。 内容よりも結果を重視している感じがして、それは囲碁の本質とは少し違う気がします。 あ、作っている方を不快にさせてしまったらすみません。


    対局の機会が少ない方にとっては大事なものだと思うのですが、お互いの波長みたいなものは感じられないので、囲碁AIでは囲碁の別名、 手談 囲碁には別名がたくさんある。「手談」の他に、「烏鷺」(うろ。黒いカラスと、白いサギを石の色に見立てた呼び方)、「爛柯」(らんか。キコリが囲碁に夢中になりすぎて、斧の柄(柯)が腐ったことにも気付かなかったという昔話にちなむ)などがある。 というものを感じるのは難しいと思います。

    0x0b.コンピューターがいつかトッププロを負かすとして、それはいつごろだと思いますか?


    王:少なくとも僕が生きている間にはないと思います。


    これは囲碁AI研究者に対する挑戦状ですね(笑)。 ぜひ、AI開発者の方には頑張って欲しいと思います。 先生も、負けないように頑張ってください。 勝負はともかくとして、AIが囲碁の勉強に役立つような可能性については、どう思われますか?


    王:AIの研究というと、今は強くすることに重きが置かれていますが、 指導碁 プロや、高段者など、とても上手な人が下手を相手に、勝負ではなく指導を目的に打つ碁のこと。かなり上手い人でなければできない技。一度に複数人を相手にする「多面打ち」形式で行われることもある。 ができたり、ビギナーの苦手なところを補強できるようなAIができれば、勉強にも役立つと思います。 そうなると僕たちに習う必要がなくなってしまいそうで少し恐怖でもありますが。 今は強いことがすごいことのように思われていますが、ユーザーや売れるということを考えればいろんな道があるのではないかと思います。

    0x0c.もし、コンピューターのほうが強くなった時に、それでも人間を越えられないことは何だと思いますか?


    王:囲碁は 手談 囲碁には別名がたくさんある。「手談」の他に、「烏鷺」(うろ。黒いカラスと、白いサギを石の色に見立てた呼び方)、「爛柯」(らんか。キコリが囲碁に夢中になりすぎて、斧の柄(柯)が腐ったことにも気付かなかったという昔話にちなむ)などがある。 といって、コミュニケーションのツールでもあります。 人と人とが向き合うことで生まれる独特の空気があり、それが人間関係を深めてくれるのですが、コンピュータにはそれが難しいとい思います。


    負けると悔しい、勝つと嬉しいという事と、ちょっと矛盾するような気がします。 勝負事なので、人間関係を壊してしまうこともありそうな気がします。 打っていて気持ちのいい碁、不愉快な碁はありますか? 王先生は、どんな碁を打つ人と対局するのがお好きですか?


    王:勝ち負けのあるゲームなので、負けたら悔しいことは確かですが、それを超越したコミュニケーションがあると思います。 もちろんそのコミュニケーションは誰とでも成り立つものではなくて、中には負けたら相手が憎たらしくなるほどの相手もいると思いますが、波長の合う相手と対局すると勝っても負けても楽しい、ということがよくあるようです。 ただし僕たちプロ棋士の場合は、勝っても負けても楽しいということはあまりないので、あくまでもアマチュアの方に言えることですが。


    打っていて気持ちのいい碁は自分らしく打てたときですね。 不愉快な碁は、プロにはいませんが、 マナー 囲碁は武道などと似て礼儀作法に厳しい。開始時と終了時の挨拶はもちろん、一度打った手を取り消す「待った」などは論外。余計な音を立てたり、関係の無いおしゃべりをしたり、相手をあざ笑うような事をすることは厳に戒められている。とはいえ、全て常識で考えればわかることばかりである。 の悪い人との碁。 アマチュアのころ、マナーの悪い人と対局したときには、絶対この人には負けたくないと思ったものです。 コミュニケーションという意味から言うと、マナーが悪いということはコミュニケーションを築く気がないということになるので、そういう相手との対局はちょっと嫌ですね。


    逆に勝っても負けても仲良く検討ができるような相手とは打っていて楽しいのではないかと思います。 アマチュアの方はそういう意味でのライバル、好敵手が見つかると囲碁がより楽しくなるのではないでしょうか。

    0x0d.囲碁というゲームは「誰」が作ったのだと思いますか?


    王:神様が僕たち人間が長く楽しめるように作ってくれたと思います。 現に4千年もの長い間楽しまれていますし。


    その神様は、どんな神様ですか? 4,000年間、基本的なデザインが変わらないまま続いているゲームと言うのは、多分他には無いと思います。 どうして、こんなに長い間遊ばれ続けているのでしょうか。


    王:難しい質問ですね。 あくまで僕の想像ですが、言葉が通じなくても、年齢が違っても楽しめるということから、もっと人と人とを仲良くさせようと思った神様が、このようなゲームを作ったのではないかと思います。 あと人間はいろんな力を持っていて、人間の力でどんなことでもできるかのような気がしますが、囲碁のように、つきつめてもわからないものがあることで、人間が進む道を間違わないようにしたのではなどと思ったりもします。 あくまで想像ですが。


    囲碁が長い間飽きられずに楽しまれているのは、ルールがシンプルなのに、実際のゲームの奥が深い、ということにあると思います。 テレビゲームは僕も大好きなのですが、ある程度クリアすることを想定して作っていますよね。 だからこそ達成感もあり、面白いのですが、囲碁はクリアすることが難しいゲーム。 そのために途中でやめてしまう方もいますが、その奥深さにハマる方もたくさんいます。 どちらがいいのかは微妙なところだと思いますが、囲碁もゲームも、お互いのいいところをアピールしていけたらいいなと思っています。

    0x0e.囲碁というゲームの魅力をひとつ挙げるなら何ですか?


    王:人と人とのコミュニケーションが生まれること。 言葉のいらないコミュニケーションがとても素晴らしいと思います。


    初級者だと、コミュニケーションなんて意識している余裕は微塵もありません。 ひたすら盤面を睨みつけているだけです。 どのくらいの腕前になると、相手とのコミュニケーションの感覚が生まれてくるものですか?


    王:初級者でも無意識にコミュニケーションしていると思います。 打っているときに相手の気持ちを考えたり、どうしてこの人はこんなことするんだと思ったりしますよね、 その時点でコミュニケーションは発生しています。 腕前に関わらず、相手の気持ちやなぜそう打ったか考えることがコミュニケーションです。 囲碁は自分のことだけを考えていてはうまくいかないゲームなので、みなさん対局をすることで自然に相手のことを考えているのです。


    ただもっとうまくなると、その日の相手の着手によって、いつもと違うぞ、とかこの人何かあったのかな、などと状態の変化についてもわかるようになると思います。 そうなると相手の心が見えるようで、コミュニケーションはさらに深くなりますね。

    0x0f.CEDEC CHALLENGEに参加される方々に一言お願いします。(期待、心構え、楽しさなど)


    王:強さももちろんですが、人間らしいAIを作っていただけると、そのAIと打ちたい人がたくさん出てくると思います。 また、開発者の方はご自身では囲碁を打たれない方も多いですが、ぜひご自身でも囲碁を覚えていただければ、違う魅力が見えてきます。 CEDECの会場では囲碁入門もやっていますので、よろしければぜひご参加ください。